メバチにビンナガ、キハダにミナミ……と、マグロの種類は多々ありますが、今からほんの200年ほど前の江戸時代では猫すらも食べずにまたいで通る「猫またぎ」の魚として軽んじられていたことはご存知ですか?
歴史を扱った時代物小説などにも、仕事帰りの町人が酒処で「マグロなんて臭くて食えたもんじゃねぇや」なんてぼやく場面があったり、マグロには見向きもせずにアジなど他の魚に舌鼓を打つ描写があったりします。そう、マグロは歴史の中では臭くて食べられないとされていた魚なのです。
マグロと日本人との歴史は古く、その関係は縄文時代にまで遡ります。大昔の人々が生活していた跡地が貝塚となり、化石や土器などが我々が歴史を知る上での貴重な資料となっている今日ですが、その貝塚からもマグロの骨は数多く発見されています。
それだけ歴史ある食べ物であったものが、なぜ江戸時代には軽んじられるようになってしまったのか。それはマグロが傷みが早い魚であったからなのです。
昔は現代のように冷蔵冷凍の技術もなければ、運搬に使う車も飛行機もありません。内地に行けば行くほど新鮮な生の魚を食べることはできませんでした。
このためマグロは醤油に漬け込んだり、ネギマ鍋にして食すくらいしか使い道がなかったのです。新鮮なものが手に入った時は浅草海苔に生のマグロとワサビをちょいと乗せて……なんて食べ方もしていたようですが、どちらかといえば、マグロを見るとしかめっ面をする江戸っ子も多かったとか。
それがここまでの高級魚に昇りつめたのは、ひとえに保存と運搬の技術が進み、いつでも新鮮なマグロが手に入るようになったから。それまでは脂臭くて煮るしかなかった中トロも今ではありがたいことに生で食べられるのです。
江戸時代には畑の肥やしにしかならないと軽んじられていたマグロ。こんな美味しいものが食べられなかったなんて、当時の江戸っ子たちはちょっと可哀そうな気もしますね。